留学先で体験した恋のお話
2015年6月22日月曜日
21歳の頃イギリスに留学していた。
留学日程を終えて帰国を一週間後に控えた2月14日、学校に向かうため坂道を1人で歩いていた。すると、通りすがったお家のご主人が何やら話しかけてくる。
「今日はいい天気だね、日本人?」
「そう、そこの語学学校に行く途中。」
「こんな天気の良い日、しかもバレンタインデーにこんなかわいい子に会えるなんて運命を感じるよ!」
「……アハハ!ありがとう。」
「明日、そこのパブでランチでもどう?」
「OK。じゃ、12時にね」
まあランチぐらいならいいかと言うことで、このような会話を交わしたと記憶している。
翌日、約束のパブに現れたのはロバートレッドフォード似のイギリス人。
イギリスの定番、ポテトと温野菜とお肉がのったプレートとミネラルウォーターを前にして、ひとときの談笑を楽しんでいた。
彼は意外と博識で、学校のことから、戦争のこと、彼の家族のこと、いろんなジャンルの話を次々としてくれた。
37歳の彼は、この町から1時間ほどの所に住んでいて、今は親戚宅のガーデニングをするために、毎日この町へ来ているという。
庭での作業中、前を通りかかったのがあたしだったというわけだ。
一週間後には帰国するんだと言うと、じゃあ、帰国まで毎日ランチを共にしようということになって、週末をのぞいて毎日会っていた。
彼の話は面白かったし、リスニングの勉強にもなった。
最後の一週間のお昼なんて特にすることはないしね、夜は毎日パーティだったけど。
3回目のランチの時、彼が早口で話していたので、途中から話がわからなくなりあたしは聞き流して適当に聞いているフリをしていたら…
ふっと二人を取り巻く空気が変わり彼にchu!とされた。
突然のことに驚いて、固まってしまったあたし。もちろんそれ以上のことはなかったのだが、貧弱な英語力で聞く一方だった二人の会話。
kissの意味はいまだにわからないが、目の前にいる黒髪の女子をどうか思ったことには違いない……
当時――
21歳の日本人と37歳のイギリス人は子供と大人。言葉と世代と文化、なにもかも隔たっていたが、好奇心旺盛な女子には微毒な思い出となった。
明日が最後のランチだという前日。
「じゃ、また明日ね」と約束して別れた。
翌朝、窓を開けると辺り一面雪景色。そう、まばゆいほどの銀世界が飛び込んできた。
うわー!雪が積もっている!
ロンドンは寒いところだけど滅多に雪は降らない。
それなのに10センチ近く積もっている。つまり、雪慣れしていない地域でこういう天候になれば生活や交通網が一時的に混乱するということ。で、その日は最後のランチの日。
どう考えても一時間かかる距離をいつものようにやってくるわけがないと思っていた。
だいいち、この天候でガーデニングなんてできるわけなく、彼の家族も行くなと止めるだろう。親戚も今日は来なくていいというだろう。
でも、あたしと彼は約束していた。そして今日は彼に会える最後の日なのだ。
約束の12時。天気は良く、日が昇ってくると雪も次第に溶け始めていた。
あたしは12時少し前にパブに入り、いつもの席で彼を待つ。
いつものランチは頼まずに、ミルクティーを頼んだ。
1杯をゆっくり飲み干してもまだ彼は来ない。
彼は来てくれるのだろうか?
彼から「英語の勉強に」ともらった青い表紙の小説本。
1枚、2枚とページをめくってはみるけど、内容が頭に入ってこない。
彼は来てくれるのだろうか?
憎たらしいくらい青い空と、まだ道路に残る新雪をうらめしそうに眺めながら、あたしはミルクティーをおかわりする。
いつも12時に会い、ランチを食べ、たわいもない話をし、13時にはバイバイするあたしたち。13時までは待ってみよう、そう思っていた。
12時50分。まだ彼は来ない。
時間の感覚がおかしくなってくる。あと5分、あと5分経ったらって思うのだけど、その5分が恐ろしく長いような、それでいて、あっという間のような不思議な感覚。
そして12時55分。まだ彼は来ない。
13時。彼は来なかった。
もしかして、もしかしたら、雪でロンドン市内は混みあっているのかもしれない。
あたしの町はロンドンの少しはずれにあったので、自分に都合のいいように考えてみた。
あと30分だけ、あと30分だけ待ってみようと考え直した。
また恐ろしく長い、それでいて終わってみるとあっという間のような時間が1分1分過ぎていく。
13時30分。
当日はあたしのイギリス最後の日だったため、ステイ先の家に帰って最後の荷造りをし、夜はお別れパーティに行かなくてはいけない。
ため息をひとつ落とすと……パブを出た。
とうとう彼は来なかった。
雪が降ると思い出す。
異国の地でのFeeling of love
スポンサーリンク